大好きな文房具や日々のうたうだ話。。。鈍牛(のろうし)ウシヱの日記です。


by noro_ushi

カテゴリ:自己紹介( 2 )

パート従業員のろうし

職業は飲食店店員です。

夫が経営する店をヘルプで手伝っているだけのパート従業員なのですが、
お客様からはしばしば「ママさん」と言われます。

店主の奥さん=ママさん という意味で、華やかな夜の蝶(←死語⁉︎)という感じの、
プロの水商売のママさんの意ではないのでしょうが…
わかっていてもいつもプレッシャーを感じて逃げ出したくなります。
連呼されると、意味もなく腹立ってきて(逆ギレ)
猫のようにシャーって叫びたくなるくらい。

接客業には全く向いていない地味な性格なので、
事務用品やポップ用品の買い出しに行く時が一番幸せな時です。
シモジ○や文具のディスカウント店なら毎日でもおつかいに行くのにな。

…そういえば伝票記入用に私が買ったジェットストリーム0.5mmを夫が気に入らず、
勝手にテキトーな0.7mmボールペンを2種類も買って、しかもインク切れで使い捨てようとしてた!
明日替芯を買って来なければ♪♪

写真は通勤用のチャリの鍵。
のろうしだけど、松坂牛キューピーです。
のろのろと夜な夜な、チャリ出勤しとります。

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by noro_ushi | 2014-05-22 04:05 | 自己紹介

ご挨拶

はじめまして。
のろうし です。

フルネームは鈍牛(のろうし)ウシヱといいます。

呪う牛ではありません。
呪うし!でもありません。
のろうし です。

鈍牛は一般的には どんぎゅう って読むみたいですが、
のろうし って読み方もあって、その方が好きです。

私はウシが大好きなんです。
高村光太郎さんの詩の中の牛は、強くて自分とは比べものにならないけど、とても共感できます。
まだまだかっこいい牛にはなれない、ただの のろうし ですが…
よろしくお願いします。m(_ _)m



「牛」 高村光太郎

牛はのろのろと歩く
牛は野でも山でも道でも川でも
自分の行きたいところへは
まつすぐに行く
牛はただでは飛ばない、ただでは躍らない
がちり、がちりと
牛は砂を堀り土を掘り石をはねとばし
やつぱり牛はのろのろと歩く
牛は急ぐ事をしない
牛は力一ぱいに地面を頼つて行く
自分を載せてゐる自然の力を信じきつて行く
ひと足、ひと足、牛は自分の道を味はつて行く
ふみ出す足は必然だ
うわの空の事ではない
是でも非でも
出さないではゐられない足を出す
牛だ
出したが最後
牛は後へはかへらない
足が地面へめり込んでもかへらない
そしてやつぱり牛はのろのろと歩く
牛はがむしやらではない
けれどもかなりがむしやらだ
邪魔なものは二本の角にひつかける
牛は非道をしない
牛はただ為たい事をする
自然に為たくなる事をする
牛は判断をしない
けれども牛は正直だ
牛は為たくなつて為た事に後悔をしない
牛の為た事は牛の自信を強くする
それでもやつぱり牛はのろのろと歩く
何処までも歩く
自然を信じ切つて
自然に身を任して
がちり、がちりと自然につつ込み食い込んで
遅れても、先になつても
自分の道を自分で行く
雲にものらない
雨をも呼ばない
水の上をも泳がない
堅い大地に蹄をつけて
牛は平凡な大地を行く
やくざな架空の地面にだまされない
ひとをうらやましいとも思はない
牛は自分の孤独をちやんと知つてゐる
牛は喰べたものを又喰べながら
ぢつと淋しさをふんごたえ
さらに深く、さらに大きい孤独の中にはいつて行く
牛はもうと啼いて
その時自然によびかける
自然はやつぱりもうとこたへる
牛はそれにあやされる
そしてやつぱり牛はのろのろと歩く
牛は馬鹿に大まかで、かなり無器用だ
思ひ立つてもやるまでが大変だ
やりはじめてもきびきびとは行かない
けれども牛は馬鹿に敏感だ
三里さきのけだものの声をききわける
最善最美を直覚する
未来を明らかに予感する
見よ
牛の眼は叡知にかがやく
その眼は自然の形と魂とを一緒に見ぬく
形のおもちやを喜ばない
魂の影に魅せられない
うるほひのあるやさしい牛の眼
まつ毛の長い黒眼がちの牛の眼
永遠を日常によび生かす牛の眼
牛の眼は聖者の眼だ
牛は自然をその通りにぢつと見る
見つめる
きょろきょろときょろつかない
眼に角も立てない
牛が自然を見る事は牛が自分を見る事だ
外を見ると一緒に内が見え
内を見ると一緒に外が見える
これは牛にとつての努力ぢやない
牛にとつての当然だ
そしてやつぱり牛はのろのろと歩く
牛は随分強情だ
けれどもむやみとは争はない
争はなければならない時しか争はない
ふだんはすべてをただ聞いてゐる
そして自分の仕事をしてゐる
生命をくだいて力を出す
牛の力は強い
しかし牛の力は潜力だ
弾機ではない
ねぢだ
坂に車を引き上げるねぢの力だ
牛が邪魔者をつつかけてはねとばす時は
きれ離れのいい手際だが
牛の力はねばりつこい
邪悪な闘牛者(トレアドル)の卑劣な刃にかかる時でも
十本二十本の槍を総身に立てられて
よろけながらもつつかける
つつかける
牛の力はかうも悲壮だ
牛の力はかうも偉大だ
それでもやつぱり牛はのろのろと歩く
何処までも歩く
歩きながら草を喰ふ
大地から生えてゐる草を喰ふ
そして大きな体を肥す
利口でやさしい眼と
なつこい舌と
かたい爪と
厳粛な二本の角と
愛情に満ちた啼声と
すばらしい筋肉と
正直な涎を持つた大きな牛
牛はのろのろと歩く
牛は大地をふみしめて歩く
牛は平凡な大地を歩く


昭和32年3月25日筑摩書房発行 高村光太郎全集第一巻 より
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by noro_ushi | 2014-05-20 04:19 | 自己紹介